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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)93号 判決

東京都昭島市富沢町三二番地

原告

金杉とり

右訴訟代理人弁護士

磯部保

和田有史

東京都立川市高松町二丁目二六番一二号

被告

立川税務署長 羽柴幸助

右指定代理人

小川英長

横尾継彦

荒木慶幸

細金英男

右当事者間の所得賦課決定処分無効確認請求事件について、当裁判所は、左のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和四一年一〇月三一日付でした原告の昭和三八年分所得税の決定および無申告加算税の賦課決定が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

被告は、原告が昭和三八年一月より同年四月まで金杉工業株式会社から八万円の給与の支払いを受け、また、昭和三八年三月一八日原告所有の別紙目録記載(一)ないし(五)の土地、居宅を金杉工業所有の同目録記載(六)および(七)の土地の工場と交換して一、七〇〇万円の譲渡所得をえたという理由で、原告に対し昭和四一年一〇月三一日付で昭和三八年分所得税として給与所得五万六、〇〇〇円、譲渡所得六九九万四、三六五円、税額二六一万九、四〇〇円との決定および無申告加算税二六万一、九〇〇円の賦課決定をなした。

しかし、原告は、昭和三八年中は金杉工業から給与の支払いを受けたことはなく、また、譲渡所得にしても、原告の夫輝が金杉工業の代表取締役であり、しかも、原告自身も同会社の債務につき連帯保証人となつていたところから、原告が事実上破産状態に陥つた金杉工業の債務を弁済するため、自己所有に係る前記(一)ないし(五)の土地の居宅を他に売却し、その結果、原告はもとより多数の工員が路頭に迷うこととなつたので、原告が株式会社平和相互銀行立川支店から一〇〇〇万円の融資を受けて、金杉工業所有に値る前記(六)および(七)の土地の工場を買い受けたのであつて、これらの不動産と交換した事実はなく、しかも、金杉工業が右のごとき状態であるため、原告が同会社に対して求債権を行使することは、不可能であるから、被告が原告に六九九万四、三六五円の譲渡所得があると認定したのは、全く事実に反するものというべきである。

しかして、所得のない者に対して所得税を賦課することは、重大な環瑕定であるとゆうべぐ、しかも、以上の事実は、周知の事柄であつて、現に原告の前記平和相互銀行からの借入金について根紙当権が設定されていることに徴しても明らかである。もつとも、その登記原因は、「交換」と記載とされているけれども、登記には公債力が認められていないのであるから、被告がその実体について調査をしないで本件各課税処分に及んだ瑕疵は、まさに、明白であるというべきであるそこで、原告は、本件各課税処分によつて滞納処分を受けるおそれがあるので、それが無効であることの確認を求める。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実のうち、原告に本件各課税処分の理由とされた所得がなかつたことは否認するが、その余の主張事実はいずれも認める。

原告所有の(一)ないし(五)の土地、居宅が金杉工業の債務の弁済に当てられたとしても、それは、右不動産が交換によつて金杉工業の所有になつた後昭和三八年四月二〇日同会社においてこれを西海商事株式会社に売却し、その売却代金をもつててなされたのであつて、原告自身が保証債務の履行としてしたものではない。したがつて、本件各課税処分には原告主張ののごとき瑕疵はない。

第四証拠関係

(原告)

甲第一ないし第四号証、第五、第六号証の各一ないし三、第七ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし三、第二一ないし第二八号証、第二九号証の一ないし九、第三〇号証の一、二の各表裏、同号証の三、同号証の四、五の各表裏、第三一号証の一、二、第三二ないし第三五号証、第三六号証の一、二、第三七号証の一ないし四を提出し、証人加固乗弘、井上直行、中川二男の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一二号証の二ないし四、第一三号証の一、二の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

(被告)

乙第一ないし第一一号証、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一、二を提出し、証人渡辺万年の証言を援用し、甲第九、第一一、第一二号証、第二〇号証の一ないし三、第二四、第二八号証、第二九号証の一、第三六号証の一の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

原告主張のような経緯によつて本件各課税処分がなされたことは、被告の認めて争わないところである。

また、成立に争いのない甲第一〇号証(乙第八号証と同一)、甲第一三(乙第五と同一)、第一四(乙第三と同一)、第一五(乙第七と同一)、第一六(乙第六と同一)号証、甲第一七ないし第一九号証、甲第二一、第二二号証、甲第三一号証の一、二、甲第三二、第三五号証、甲第三六号証の二、甲第三七号証の一ないし四、乙第一ないし第八号証、乙第一二号証の一、証人井上直行の証言により真正に成立したものと認める甲第一一、第一二号証、原告本人の供述により真正に成立したものと認める甲第二〇号証の一ないし三、甲第二四、第二八号証、甲第三六号証の一、証 渡辺万年の証言により真正に成立したものと認める乙第一二号証の二ないし四、乙第一三号証の一、二、証人加固乗弘、井上直行、渡辺万年、中川二男の各証言ならびに原告本人辱問の結果(但し、後記の措信しない部分を除く)。によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、金杉工業株式会社の取締役として、昭和三八年二月より同年五月まで毎月会社から二万円の給料の支払いを受けていたこと、また、金杉工業は、昭和三七年暮ころ富士自動車株式会社の振り出した手形が不渡りとなつて倒産状態に陥り、株式会社平和相互銀行立川支店からの借入金債務の弁済ができず、昭和三八年三月一八日現在で、利息も入れてその額が二、六四〇万円となつたところより、その前後策について銀行側と種々協議を重ねた結果、同日、銀行との間に、右債務の担保物件たる別紙目録記載(一)ないし、(七)の不動産のうち保証人でもある原告の所有する(一)ないし(五)の土地・居宅を有利な条件で他に任意売却し、その売得金をもつて右債務の一部を弁済し、残債務は、金杉工業所有の(六)および(七)の土地・工場を他に賃貸し、その賃料をもつて分割弁済することとするが、かくては、原告にのみ犠性を強い、原告の家族はもとより多数の工員が路頭に迷う結果となるので、原告の犠性を少なくし、あわせて、これらの者の住いを確保するためと、金杉工業には他にも負債があるので、右賃料が他の債務者にもつてゆかれることを防止するために、右(一)ないし(五)の土地・居宅と(六)および(七)の土地・工場とを交換することによつて会社の土地・工場の名義を原告に移し、したがつてまた、右残債務についても、その債務者を原告とするために、会社の右債務を消滅させるとともに、原告が同額の金品を負銀行から借り受けるいわゆる債務者の交替による更改を行なう旨の話合いがまとまり、これに基づき、同年四月一一日前記各不動産について交換を原因とする所有権移転登記を了し、会社は、同年五月一三日交換によつて原告から取得した右(一)ないし(五)の土地・居宅を西海商事株式会社に代金一、七〇〇万円で売却し、即日その代金のうち一、二〇〇万円を右債務の一部弁済に当て、さらに同年六月一五日四四〇万円を内入し、残額が一、〇〇〇万円となつたところで、原告は、同年九月二七日銀行から一、〇〇〇万円を借り入れ(但し、形式上は、会社が借主となつて、原告がその連帯保証人となつている。)、銀行は同月三一日会社の右債務を消滅させ、また、原告は、その後、交換によつて取得した右(六)および(七)の土地、工場を富士精工株式会社等に賃貸し、その賃料をもつて前記借入金債務を弁済し、遂に、昭和四四年一一月二七日限りでこれを完済するにいたつたことを認めることができ、右認定と抵触する原告本人の供述部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、以上の認定事実を総合して判断すると、原告が昭和三八年中に八万円の給与所得をえていたことは、明らかであり、また、原告の所有していた別紙目録記載(一)ないし(五)の土地・居宅が、原告の連帯保証をしていた金杉工業の平和相互銀行からの借入金債務の弁済の用に供されたとはいえ、原告は、直接これらの不動産をもつて右債務を弁済したのではなく、一旦その所有権を金杉工業に移転し、同会社がこれを西海商事に売却し、その売得金をもつて弁済したのであり、しかも、右(一)ないし(五)の土地・居宅所有権の移転に対し、原告が金杉工業から同目録記載(六)および(七)の土地・工場所有権の移転を受けているのであるから、原告は、金杉工業とこれら各不動産の交換を行なつたものというべく、たとえ、前者の不動産と後者の不動産とがその価額の点において均等でなく、原告がその交換によつて会社のために何程かの損失を甘受したとしても、そのことの故に原告が前者の不動産をもつて前記保証債務を履行したものとなしえないことは、明らかである。そしてまた、交換時における右(一)ないし(五)の土地・居宅の価額は、それが前叙のごとく交換後わずか二か月を出ずして一、七〇〇万円で西海商事に売却されていることに徴すれば、前記事実関係のもとにおいては、原告が交換によつてえた右(六)および(七)の土地・工場のの価額如何とは関係なく、一、七〇〇万円を下らなかつたものと認めるのが相当である。したがつて、原告は、本件係争年度において交換により一、七〇〇万円の譲渡所得をえたものというべきである。

されば、本件各課税処分には原告主張のごとき瑕疵はなく、原告の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく 理由がないのでこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺吉隆 裁判官 渡辺昭 裁判官 竹田穣)

(別紙)

目録

(一) 東京都国分寺市光町二丁目五九〇番の九

(旧東京都北多摩郡国分寺町大字峡戸新田字峡通り五九〇番の九)

宅地四八・七五坪(一六一・一五平方メートル)

(二) 同所同番の二

宅地一八四・二五坪(六〇九・〇九平方メートル)

(三) 同所二五六番の一

(旧同町大字平兵衛新田字八ケ下二五六番の一)

宅地一五・七五坪(五二・〇六平方メートル)

(四) 同所同番の二

宅地五一・二五坪(一六九・四二平方メートル)

(五) 東京都国分寺市戸倉三丁目四六番の六

(旧同町大字戸倉新田字峡通り五九六番地)

家屋番号一一番

木造瓦葺平家建居宅一練

建坪三一・五〇(一〇四・一三平方メートル)

(六) 東京都昭島市大押町字南亨保新田九三一番の一

山林一反八畝一七歩(一、八四一・三二平方メートル)

(七) 同所同番

家屋番号九三一番

鉄骨造及び木造鉄板葺平家建工場一練

床面積九五七平方メートル

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